壺溪塾で1930年から毎朝塾長が塾生たちと組んでいる静坐は、禅宗の寺で修行僧達が精神統一し自らの心を磨くため壁に向かって一日中瞑想をしているものを受験生が心を落ち着けて勉学に向かい合うために応用したものだ。壺溪塾で行っているのは、自分の息を「ひと~つ、ふた~つ」と心の中で数えていき、十まで行ったら一つに戻る、というもので「数息観」と呼んでいる。息を数えることだけに集中するのは難しいがやってみると落ち着くと現代の塾生にも好評だ。
一方、ブログやインスタはしている若者は多くても、日誌を書くことは、今は流行らない。しかし、壺溪塾ではあえて日誌の提出を塾生に薦めている。この日誌提出を始めたのは父木庭令一で、1966年4月スタートだ。当時は木庭の机の上にはノートが渦高く積まれ、父は一日中赤ペンでメッセージを書き込んでいた。ある高校の進路室で壺溪塾卒業生の先生が「今もその日誌をこうやって大事に持っています」とおっしゃってびっしり書き込まれた日誌とそれに劣らずびっしり書いてある赤ペンの塾長のコメントを見せてくださった。確かに後々自分が18歳のときに何を考えていたかが分かり思い出になると感じる。現在では数名が出しているくらいだが、私も父に倣って短いコメントを赤ペンで綴って返している。私のコメントはニコッという絵文字入りの簡潔なものだ。日誌の中で塾生はひた向きだ。日々、自分の学力がなかなか上がらないことを嘆き、それでもどうにか前向きな姿勢を保とうと必死に努力する姿に触れると私自身新鮮な気持ちでもっと頑張らなければ、と思ってしまう。
私は塾長で理事長なので、もっともしなければならない仕事は全体の管理なのかもしれないが、小論文指導や塾長相談室に割く時間が多い。特に近年は保護者様から声が掛かり、素人なのでカウンセリングなど専門的なことはできないが、誰でも他人に話を聞いてもらうとスカッとするという立場から、いろんな子育てにまつわる悩み事をお聞きし、笑顔で帰られる保護者に出会うと「良かったなあ」と思う。
現場主義がトップには大事なのは事実だ。現場を知らないで様々な決定をすることはできない。決定権を持つ者は細かいことまでを具体的に把握し、総括したうえで大きな決定を行うべきだ。なかなかそうはできない未熟な私だが、なるべくそのような理想的なリーダーに近づけるよう努力中だ。
紹介する本 「スタンフォードの自分を変える教室」ケリー・マクゴニガル
静坐の際に塾生たちに紹介している本です。ケリー・マクゴニカル氏はスタンフォード大の大教室をいっぱいにする人気の講座を担当する教授で、心理学者です。本の最初の方のページにまるで“静坐”のような深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる方法が書いてあり、この本では、瞑想(メディテーション)と呼ばれています。
このケリー教授の講座は人間の意志力に注目した講座です。それは,人間が目標を達成できない最大の原因であると感じがちな「意志力の弱さ」をコントロールする方法を解き明かし,「意志力を鍛えるための最適な方法」を紹介するという内容です。講義の中で,意志力を鍛える有効な方法として,ケリー教授は「瞑想」を挙げています(以下「瞑想」の部分を抜粋)。
太古の昔から,あるいは,少なくとも研究者たちが人間の脳をあれこれ調べ始めて以来,脳の構造は変化しないと考えられてきた。しかし,この10年のあいだに,神経科学者たちは,脳は経験したことを見事に学んで身につけることを発見した。毎日数学をやれば,数学に強い脳になるし,心配事ばかりしていれば,心配しやすい脳になる。繰り返し集中を行えば,集中しやすい脳になるよう脳の一部の灰白質が増強される。脳を鍛えることで自己コントロールを強化することができる,という科学的な証拠が増えている。脳を鍛える方法の中でもっとも簡単で苦痛の少ないのは,「瞑想」だ。神経学者の発見によれば,瞑想を行うようになると,脳が瞑想に慣れるだけでなく,注意力,集中力,ストレス管理,衝動の抑制,自己認識といった自己コントロールのさまざまなスキルが向上する。瞑想を定期的に行えば,単に瞑想がうまくなるだけではなく,やがて,脳はすぐれた意志力のマシーンのように発達する。定期的に瞑想を行う人の場合,前頭前皮質や自己認識のために役立つ領域の灰白質が増加する。瞑想は前頭前皮質への血流を促進するため,脳の潜在能力を最大限に引き出すには最も手っ取り早い方法だ。
①動かずじっと座る。
瞑想をするときは,そわそわしないことが重要。これは,身体面における自己コントロールの基本。ただじっと座っているだけという単純なことでも,意志力を強化するトレーニングになる。これにより,脳や体が感じる衝動にいちいち従わないようになる。
②呼吸に意識を集中する。
呼吸に意識を集中する。息を吸いながら,心のなかで「吸って」と言い,今度は息を吐きながら「吐いて」と言う。気が散りだしたら(自然なこと),また意識を呼吸に戻す。このようにして,何度も繰り返し呼吸に意識を戻す練習をすることによって,前頭前皮質を活性化させ,脳の中枢のストレスや欲求を鎮める。
③呼吸をしているときの感覚をつかみ,気が散りはじめたら意識を呼吸に戻す。
数分経ったら,心のなかで「吸って」「吐いて」と言うのをやめる。呼吸をしているときの感覚だけに集中してみよう。鼻や口から息が出たり入ったりする感覚に気づく。いつのまにか他のことを考えているのに気づいたら,前と同じように,また意識を呼吸に戻す。このような練習は,自己コントロールだけでなく自己認識のトレーニングにもなる。まずは,一日5分から始めよう。それが習慣化したら,今度は一日10分から15分やってみる。ただ練習時間が長くなったせいで明日に伸ばしてしまうよりは,短くても毎日練習した方が良い。
自分を何度も目標に引き戻す
アンドリューは瞑想がとても苦手だった。51歳,電気エンジニアの彼は,瞑想というのは雑念をすべて取り払って,頭を空っぽにすることだと思い込んでいた。でも,意識を呼吸に集中しようとしても,つい他のことを考えてしまう。なかなか思うようにうまくいかないので,もうこんな練習はやめにしようかと思い始めた。呼吸だけに意識を集中できないので,時間のムダだと思ったのだ。瞑想を始めたばかりの人はよく誤解するのだが,実は,瞑想が下手な方が,練習の成果が上がる。私は,アンドリューに(そして瞑想がうまくできなくて困っていた他の受講生たちにも)ひとつアドバイスをした。それは,瞑想のあいだにどれだけ意識を集中しているかだけでなく,一日の他の時間において,自分の集中力や選択にどのような影響が出ているかにも注目してみてほしい,ということだ。するとアンドリューは,たとえ瞑想のあいだに気が散っていたとしても,瞑想をした日は,しなかった日に比べて,集中力が高まっていることに気づいた。また,瞑想のあいだにやっていることは,まさにふだんの生活においてやらなければならないことと同じだと気づいたのだ。つまり目標から遠ざかりそうになっている自分を,目標の方へ引き戻すという作業だ。この瞑想の練習は彼にとってさまざまな場面で効果を発揮した。たとえば,お昼に塩分の高いものや揚げ物を注文しそうになっても,ふと思いとどまって,もっとヘルシーなものを注文した。相手に皮肉のひとつも言ってやりたくなったときも,ひと呼吸おいて口をつぐむことができた。仕事中どうもだらけているのに気づいたときには,気合を入れ直すことができた。このように自己コントロールとは,それこそ一日じゅう,目標から離れかけている自分に気づき,ふたたび目標へ向かって軌道修正するプロセスなのだ。そのことに気づいたアンドリューは,10分間の瞑想のあいだ,気が散ってはふたたび呼吸へ意識を戻すことの繰り返しであっても,気にならなくなった。たとえ瞑想が下手でも,気が散るたびにちゃんと気がつく限り,実際の生活にとってはかえって効果的な練習になる。
最後に(ケリー・マクゴニガル教授のまとめ)
現代人の脳には,思考,感情,行動のそれぞれをコントロールしようとする複数の自己がいる。意志力の問題は,いずれもそのような異なる自己のせめぎ合いだ。より高い次元の自己が力をもてるよう,私たちは自己認識と自己コントロールのシステムを強化する必要がある。そうすることによって,意志力や「望む力」が強まり,やるべきことをやれるようになるのだ。